NRK活動報告書

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老いること・死ぬこと

面白かった本。

安楽病棟 (新潮文庫)

安楽病棟 (新潮文庫)

友人知人の皆様には「また帚木蓬生かよ」と言われそうだが。
大学時代に買ったはいいけどずっと積んでたものをようやく読了。
だいぶ時間はかかってしまったけど、逆に今読めて良かった。おそらく学生のうちに読んでもここまで感動も共感もしなかったと思う。


あらすじは、
様々な症状の老人が暮らす痴呆病棟で起きた、相次ぐ患者の急死。理想の介護を実践する新任看護婦が気づいた衝撃の実験とは? 終末期医療の現状と問題点を鮮やかに描くミステリー! (裏表紙の説明文より抜粋)
↑こんな感じの話。


ミステリー、と言うほどミステリー要素はないので(ラストの展開は予想外だったが)ミステリーが読みたい人には物足りないかも。
物語の冒頭では主要な患者たちの半生と、痴呆症(今は認知症って言うけど)となって痴呆病棟に入院するようになった経緯が患者自身、あるいはその家族の口から語られ、中盤以降は主人公の看護師視点で病棟の様子が描かれている。
文庫本で600ページ超とかなり読みごたえのある長さだけど、事件(?)につながるような動きを見せ始めるのは後半になってからで、むしろ患者とのやりとりや生活の様子の描写に重点が置かれた作品。
登場する患者一人一人がいつも仕事で会う患者さん達とかぶってとても親近感が沸いた。登場人物の行動に「あーこれやってる人いたなあ」とか思い出したり。
私はただの技師だから、検査の間の短い時間しか患者さんと接する機会はないので、病棟で働いてる看護師とは比べものにならないけど、それでも普段お年寄りと関わる機会が多い方だから、こういう話には弱い。
そして主人公の看護師の、患者への接し方には学ぶべきことが多い。
普段の仕事で忙しいときに高齢で動きが遅かったり認知症だったりする患者さんの対応で時間取られたりすると「キーッ!」てなることもあるけど、思うようにいかなくて歯がゆいのは患者さんの方なんだもんなぁって。
読み終わった後で、自分の仕事での態度を振り返って、それから少し患者さんに対して優しくなれた気がする。


この話の良いところは、ボケてからだけではなくて、その人がどんな人生を送ってきたのかをとても丁寧に描いているところ。
認知症の高齢者を「ただのボケ老人」として見てしまえばそれまでだけど、終末期に差し掛かった人の、それまでの人生が凝縮されたものなんじゃないかな。
仕事で出会う患者さんも言葉の端々でどういう生き方をしてきた人なのかが何となく察せるときがあるし。
おばあさんの患者さんがしきりに「もう夕ご飯の支度をしないといけないから帰らせてくれ」って訴えてきたりとかね。


もちろん認知症も介護も綺麗ごとだけじゃないし、汚れ仕事だし、精神的にも体力的にも負担は大きい。
この本では綺麗なところしか取り上げていないような印象もある。
殴ったり蹴ったり噛みついたり暴言吐く患者も出てこないし、患者の家族もいい人ばかりだし。
「実際はこんなに楽じゃねえよ」って思うこともなくはないかな。
でも全編を通して優しい空気が流れていて、終末期医療や安楽死と言った重いテーマにも関わらずすんなり読むことができた。
ケーキ屋の菊本さんのエピソードなんて病院の待合室で読んで、人前だというのに不覚にも落涙してしまった。
帚木蓬生の作品はいつも弱者への眼差しが温かくて良いな。


結末はある程度は予測していたけど、それを上回る斜め上の予想外の結末にちょっとびっくりした。
香月先生の考え方は一理あるし、きっと誰しもが考えることではあるけど、完全には首肯しかねる。
でも主人公の取った行動が正しかったのかといえば、間違ってはいないけど「それで本当に良かったのか?」というところ。
二人ともきっと患者のことを思った結果、正反対の結論を出したんだろうな。
いま「どちらに賛成か」と訊かれても答えられないな。
現在の法律と医学では、終末期にどうするか普段から話し合っておくぐらいしか解決策がない気がする。難しいけどね。


あと読んでる間ずっと気になってしょうがなかったんだけど、この病院採算取れてるのかな…慢性期病棟なんて点数取れないぞ…
99年出版だから今とは診療報酬違うだろうからあまり気にしなくていいのかな…